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5代目栄登志(えいとし)が一本一本鍛える本手打ちの印刀・鑿(ノミ)!!
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栄とし覚え書き(日記):215
中国お笑い車内販売事情
2008年10月02日


* 写真は、上海発揚州行きの車内販売で買って食べた、熱々のお弁当についていた割り箸の袋です(^0^)



         「T 782次」は



     4月9日(水) 午後2時37分 2分早く発車


周りを見ると、この2号車の乗客はナント4人 ガラガラ(^^)”

私の隣に座っているのが、母娘2人でお母さんが「おばちゃん」ですこぶる陽気で元気がよい。娘さんは、30にはとどかないかな〜 そして私の後ろが、ビシッとスーツで身を固めた大学でのバリバリのビジネスマン…と思われる30前後の男性。


       午後3時24分 蘇州駅着 3時26分発


今日はけっこう寒い、長袖にもう一枚着ないと寒いほど。車内販売のお姉さんが、冷たい飲物を一杯持って売りにくる。当然4人は、寒いので何も買わない。


       午後3時52分 無錫駅着 3時54分発



チョッと見関西系のおばちゃんが、女性の車掌さんに「寒いんだけどエアコン消してくれない」と言ったのだと思う。しばらくしたら少しだけ室温が上がった。


           でもまだ寒い(_ _)


        午後4時20分 常州駅着 4時23分発


再度、車内販売の小姐が「アイスクリームはいかがですか〜」と来るが誰も何も買わない。すると、おばちゃんが一言「こんなに寒いのにアイス!」と言ったのではないかと思います。私も同感(^^)”


後ろのバリバリのビジネスマンは、盛んにパソコンをしているが、まだ機種に慣れていないようだ。『ピーッ』という警告音が盛んになるのです。チラッと後ろを見てみると「DEL」のパソコンでした。私も最近購入したのですが、やたら『ピーッ』という警告音が鳴るんですよね。購入先の方にお願いして、やっと警告音が鳴らなくなりました(^ー^)


その音が気になったのか、おばちゃんが「あんた何処から来たの仕事?」と、聞きます。この時は、標準語だったのでなんとか聞き取れました。バリバリは、「北京から、仕事です」と答えていました。流石におばちゃんはこれで終わらない、「どこまでいくの」バリバリは、「揚州まで」と、おばちゃんは「おんなじね〜」と私の方を見ながら答えます。目線があったので、「私も一緒です」と答えると、おばちゃんは「あんた韓国人?」と聞いてきます。「いいえ日本人です」と答えると娘に向かって「日本人だって」といいます。


と、ここでバリバリが電話に出ました。どうも揚州の関係者と話しているらしいのですが、「到着時間が違う」ので怒っているようです。


         午後5時44分 鎮江駅着 5時47分発


最初は、何回もきていた車内販売の小姐がパタッと来なくなって久しい。ちょうど通りかかった女性の車掌に「なんで車内販売が来ないのよう、みんなお腹が空いて困ってんのよう」と言ったように…




        いや〜 どこの国も「おばちゃんはスゴイ!!」


5時50分に「現在、車内販売再開の準備中」と車内アナウンスが入りました。


すると、おばちゃんは私の方を向いて「私が言ったからよ〜」と手を叩きながら笑顔で言います。私も「そうですね」と手を叩いて笑いました。



               ここで恐るべきことが



5時57分に車内販売の小姐が、食堂車で作ったばかりだという「熱々弁当」を4つだけ持って売りにきた。思わずおばちゃんと目を合わせてしまいました。おばちゃんが2つ、私が1つ買いました。バリバリは、何かゴチョゴチョ言っています。すると、直ぐにカップラーメンを持った別の小姐(高校生くらいに見えますね)がきました。


NHKでやった、関口さんの中国列車の旅に出てきた辛口ラーメンでした。すると、直ぐに別の小姐(中学生くらいに見えます)が、大きなヤカンにお湯を一杯入れてやってきて、バリバリのカップ麺にお湯を注いでくれました。


       私は、おばちゃんに「謝謝」といって食べました。


私が食べたお弁当は、日本のコンビニのお弁当の様な容器に入っていて、「目玉焼き、焼肉(牛の大三枚)、キュウリと卵の炒め物、もやしのおひたし、ひじきみたいなやつのおひたし」というおかずで、ご飯はたっぷり目でした。チョッと塩加減がきつかったけど、寒かったせいもあり本当に美味しくいただきました。


そうそう、このお弁当は「包飯(バオファン)」というのだそうで、1つ15元(240円)でした。チョッと高いような気もしますが、あのボリュームを考えれば安いかもしれませんね(^^)


そういえば、日が暮れるまでは「菜の花の絨毯」が敷き詰められたように「真っ黄色」でした。


        午後7時15分 六合駅着 7時20分発



        午後7時41分 儀征駅着 7時50分発


            午後8時14分 揚州駅着 


10分遅れでしたが、無事今回の目的地の1つ揚州に着きました(^ー^)



つづく


                   刻字用ノミ 印刀 篆刻刀

                        佐藤栄登志ノミ製作所
                               佐藤 亘


エッ!! 乗換どうすんの〜?
2008年09月30日


* 写真が、上海駅発揚州行きのチケットです。「T 782次」で97元(約1550円)ですが、日本の近ツーに頼みましたのでね〜 ???





     4月9日(水) 11時11分 定刻発車


       T770次 新空調二等軟座特快 



         午後1時45分 上海駅着


「揚州行き」の切符を持ちながら、ホームに降り「揚州行き」のホームは何番月台(ホーム)かな〜 と思ってキョロキョロしていると、「しまった!!! ホームには誰もいなくなるんだった!」と思ったが後の祭り。冷や汗が、体中を流れていく感じがしました。人並みに飲まれながらも気を取り直し、地下通路の壁に張り付き深呼吸をして再度周りを見回すと、人の流れが一方向にしか動かない。


出口まで行って駅員に聞こう! と意を決して歩き始めました。出口についたが、ものすごい人ごみで駅員に聞くどころではありません。ふと見ると、掃除のおばさんがいたので「すみません、この列車に乗りたいのですが…」と切符を見せながらいうと、おばさんは時計を見て「時間がないから、早く外に出て入り直しなさい」と身振り手振りを交えて教えてくれました。



中国の列車の旅で乗換は初めてだったので、「いったん外に出る」ということが分からなかったのです(^^)”


改札口を出て時計を見ると、「1時53分」ヤベ〜 2時39分発だ!!急いで上海駅の正面口まで歩き、といっても出口と入口が隣り合わせで良かった(^0^)



上海駅内には、一次チェックが有り切符を持っていないと入れない。中に入った瞬間、レントゲン荷物検査。チョッとした空港並の検査方式。

検査が終わると、エスカレーターで2階に上がる。エスカレーターに乗りながら、左右の電光掲示板で「 T 782次 」を探す。7番待合室だ!一度通った通路だったので、中国人をかき分けて強引に進む。掲示版の指示に従って、直進すると7番待合室があった。


通路を挟んで右側が、「軟座車 (グリーン車)」左側が「硬座車 (普通車)」の待合室だったと思う。やっぱり、チョッとした体育館ほどの広さで、改札口がいくつかある。各改札口の上に電光掲示板が有り、行き先と改札時間が表示されている。



  
      7番待合室着 午後1時58分 セーフ(^ー^)


フ〜と大きく息を吐きながらトイレへ、荷物はどうにでもなれ!
という感じ。


        トイレから戻った直後 午後2時改札開始



どっちみち指定席だしゆっくりでいいや、と最後の方で改札口を出る。今度は「10月台(10番ホーム)」だそうで、2号車51番座席の窓側でした。座席に座ったらけっこう高級感の有る列車装備でした。



            午後2時37分


なんと定刻より、「2分早く発車!」 エ〜〜ッ うそ〜〜
と思いながら、やっぱり中国だな〜と納得。


周りを見ると、この2号車の乗客はナント4人 ガラガラ(^^)”


ここから、揚州までの珍道中がはじまったのです (^0^)



つづく

印刀 刻書ノミ

栄としのみ製作所 佐藤 亘   


さらば紹興
2008年09月21日



*  写真上段が、紹興駅から上海駅までのチケットです。


切符には、「T770次 新空調二等軟座特快 61元(千円弱)」と書かれてある。日本の旅行社に依頼してありますのでね〜 かなりするんでしょうね(^^)”



    ニンポー発上海行きで、3号車の66番座席です。




    4月9日(水) 午前7時 モーニングコールで起床


           8時15分 朝食


祁グループの先生方と挨拶を交わしながら、名残惜しい気がする。別れ際に、祁先生から「一緒に杭州(広州?)へ行って、詩書画篆刻をして遊ばない。」と誘っていただきました。嬉しかったですが、今回の旅行のもう一つの目的地「揚州」が待っているので、ご丁重にお断りさせていただきました。


            9時 出発準備


          10時 チェックアウト


        ここでまたもや問題発生(^^)” 



チェックインをした時に支払った「ヤージン(保証金)の領収書」が見つかりません。200元(約3200円)なので、荷物をひっくり返して探そうかと思いましたが、パッと何処に片付けたか浮かびませんでした。


そこで、諦めようと思った時に劉暁瑜先生と通訳の朱さんが助けて下さいました。初めて分かりましたが、「専用の提出用紙」が準備されていたのです。当然、日本のホテルであればフロントの方で用紙を渡してくれるのでしょうが、そこは中国ですのでこちらから言わないと用紙を出してくれません。


手続きとしては、「パスポートを提示して用紙を受け取り、用紙に必要事項を記入すればOKです。」(^0^)


劉暁瑜先生と通訳の朱さんにお礼を言って、お金を返金してもらいました。


なんだかんだでタクシーで紹興駅に着いたのが 10時20分。
駅のコンビニで、水とパンを2つ買って5.7元(約90円)。



           10時55分 改札


          11時11分 定刻で発車




   いよいよ、想い出多い 紹興蘭亭 とお別れである(^^)



つづく


                    えいとしノミ製作所

                          佐藤 亘





酔っぱらいエビ?
2008年09月17日



* 写真は、今朝(4月8日)参加者に渡されたらしい名簿の表紙です。




私は、どういう訳かもらっていなかったので、帰国後北京の荒金治さんにお願いして送っていただきました。

最近、個人情報がどうのこうのと言われていますので、中身の方は載せませんが、参加者の肩書きはスゴイですね!

ちなみに私の肩書きは「日本新潟 以文書法会主宰」となっていました。この以文書法会は、会員数ゼロで私の中国旅行用名刺に刷ってあるだけです。まぁ、個人的には「嵐城吟社同人 幹事」にしてほしかったところですが…(_ _)




    「咸享楼」(シエンホンロウ)の紹興酒は絶品です!!


きっと、紹興出身の王継安先生がお手配下さったのでしょう(^0^)

この紹興酒の味は、「今まで飲んでいた紹興酒は紹興酒じゃ〜ない!!」と思わず口から出てしまったほどです。私の左隣が王継安先生でしたので、「この紹興酒は特別ですか」とお聞きしますと「そうですね」と答えて下さいました。

すると王継安先生は私に、「どうですか美味しいですか」と尋ねられました。「今まで飲んでいた紹興酒は紹興酒じゃありませんね!」と申し上げると、ニコニコされながら私と乾杯をして下さいました。


そして、「これは、紹興の名物料理です」と私の前に置いて下さったのが、一番気に入った料理? でした(^_^)

それは、透明なガラスの器に茶色い液体に漬かっている小エビでした。すると、すかさず祁先生が「丸ごと口に入れて、エビの中身だけ食べて殻を出して食べるんですね〜」と言って下さったので、興味津々で一匹口の中に頬張りました。



             んん!!


             うまい!


       と、つい言ってしまいました(^0^)



王継安先生は、「みんな一杯食べたから全部食べていいですよ」と更にニコニコされて仰って下さいました。


      これがまた、本当に美味いんですって(^^)”


どなたが教えて下さったか忘れましたが、茶色い液体は「紹興酒」だそうで、その中に生きた小エビをドッと入れるだけなんだそうです。私は、1時間以上遅れて到着しましたので、現場?を見ていませんが、生きたままのエビは、透明なのだそうです。元気の良いエビが紹興酒の海の中で泳ぎ回る?というかなんというか、みるみるうちにエビが紹興酒色に染まって来るのだそうです。そしたら食べごろなんだそうです。

新鮮なエビの甘みに、本当に美味しい紹興酒の海で泳いだエビ自体に紹興酒がプラスされていますのでね〜


いや〜美味いのなんのって、20匹以上食べた気がします(^^)”


その分、酔いも一段と早くなった様な気がします。さて、この料理の正式名称は何だろうと思い王継安先生にお聞きしますと



           ズイシア
          < 酔 蝦 >



というのだそうです。これは、本当に美味しいですので紹興に行かれる時は、是が非にでも食べてみて下さい。



さて、私は完全に酔っぱらう前に一言挨拶をさせていただきました。内容は、「今回、祁小春先生から縁をいただいて、先生方とお会いすることができて本当に感謝申し上げます。私は、自作の詩を甲骨で書くことを長年やってきました。日本では、残念ながらほとんど認められませんでした。今日、蘭亭で書かせて頂きましたところ、任平先生、王継安先生、劉暁瑜先生、祁小春先生、そして林田暁径先生に認めていただき本当に嬉しかったです。この場を借りて、皆様方に心より感謝申し上げます。」で、祁小春先生が通訳して下さいました。


じつは、こっから先はどうなったかあまり覚えていないのです(^^)”


帰りにタクシーがつかまらず、全員で歩いて帰った様な気がします〜 


            たぶん…


  こうして、気がつくと4月9日(水)の朝になっていました。




つづく

佐藤栄登志ノミ製作所

佐藤 亘










紹興最後の夜
2008年09月13日


* 写真は、昨年いただいた祁小春先生の半切横作品です。

祁小春先生は、一緒にいる人を楽しく愉快にさせてくれる先生です(^_^)

しかし、筆を持たれると一変されるようですね。





        午後7時15分頃  乾杯




「咸享楼の2階の部屋に着いたとたん、ホッとして涙が出そうになりました。1時間以上遅れて着いた私を、皆さん本当に心配して下さり、再度涙が出そうになりました。」


        と、前回書きました


      これを読んだ カミさんが一言


     「まぁ、慣れた頃に失敗するもんよ」


            たしかに


      この日は、緊張し続けていたのでね〜 

        よほど疲れていたんですね! 


    今思えば、考えられないヘマだったですね(_ _)



乾杯がすんで、皆さんから「心配していたんですよ!」とうかがい、改めて反省(_ _)


中でも、祁グループ中国人担当の通訳さん(女性、名前は忘れました)は、私があまりにも遅いので、事故に会ったのではないかということで、何回もホテルに電話をして下さったそうです。




            しかし



      「咸享楼」の紹興酒は絶品です!!


今回の料理は、紹興出身の王継安先生がお手配下さったそうです(^0^)


    次回は、私が特に気に入った料理をご紹介しましょう。



つづく


えいとし  佐藤 亘












    
もう、へとへとです(ー_ー)
2008年09月10日


* 写真は、魯迅記念館のパンフレットの裏面です。魯迅記念館に展示されている資料の一部が、多数カラー印刷されてあります。



      4月8日(火)午後5時30分


    部屋を出て、ホテル前のタクシー乗り場へ直行!


今思えば、ホテル付きのタクシーなんだから多少高いのは当たり前ですよね! バスで1元(約16円)で行けるところを、運転手さんは「35元(約560円)」だと言います。「そんなに高いなら、バスで行くよ」といってバス停の方に行きました。


「咸享楼」は、昨日看板を見た記憶がありましたので、楽勝だな。と考えていたのです…


魯迅記念館のすぐ近くだったな〜と思って、7番のバスを待ちました。ふと、アッそうだ、日本と逆だから反対側のバス亭だ!



       これがまずかった(_ _)


魔が差したんですね。たしかに着くことは着くのですが、逆回りの7番のバスでしたので、10分ほどで魯迅記念館前に着くはずが、約1時間コースです。しまった!!と思いましたが後の祭り。


   知っている所が来るまで、諦めて乗ることにしました。


午後6時15分ころ、見かけた通りに出ましたので降りました。バス停で行き先を確認すると、他の番号のバスでは魯迅記念館前に着きません。情けないことに、あのまま7番のバスに乗っていれば、もう5分ほどで着いたのです。


しかたなく、タクシーをひろい魯迅記念館前まで行きました。すでに6時25分を回っていました。お店は、ほとんど閉まっていました。昼間とイメージが全く違い、結局迷ってしまったのです。


        うろうろ歩き回ること、およそ30分


やっと目的地の「咸享楼」を発見しました。何のことはない、タクシーを降りた場所のすぐ横の道を歩いていけば1分で着いたのです(_ _)


「咸享楼」の2階の部屋に着いたとたん、ホッとして涙が出そうになりました。1時間以上遅れて着いた私を、皆さん本当に心配して下さり、再度涙が出そうになりました。


というわけで、最初からホテル付きのタクシーを使えば良かったんですよね〜  


     時計を見ると、午後7時を少し回っていました

 

          反省 m(_ _)m




つづく


佐藤栄とし鑿製作所
佐藤 亘


突然の電話
2008年09月03日
* 写真は、夕食のチケットです。


「第二十四届蘭亭書法節 自助餐券」4月8日(火)午後5時〜6時30分 王朝大酒店二階王朝廰と印刷されてあり、「第二十四届蘭亭書法節組委会」の印が押してあります。

裏面には、日本語とハングルで同様に書いてあります。「自助餐券」は、バイキングのことですね(^^)



        4月8日(火)午後5時25分


ア〜ッ、やっと終わった とお茶を飲みながら部屋で横になり、写真の「自助餐券」を見ていると、突然電話が鳴りました。



私が、中国旅行でなるべくしたくないのが「料理の注文」と、「電話」です。ビクッとして電話に出ると、祁小春先生でした。祁先生方は、魯迅記念館のところで分かれて別行動されていました。


電話の内容は、「今、皆で宴会を始めたから、今直ぐ「咸享楼」に来ないか。」ということでした。私は、「荒金さんご夫婦には、連絡されましたか。」とお聞きしますと、「新婚さんの邪魔をするのは、どうですかね〜」と祁先生に言われ、それもそうだと思い、「それでは、直ぐに準備して伺います。」と言って、電話を切りました。



            ここから



     体力と気力を使い果たす流浪の旅が始まるのです…



つづく

栄としノミ製作所
佐藤 亘



紹興日報のインタビュー!?
2008年08月29日


* 写真は、『天天商報』紙に取り上げられた「魯迅手跡珍品展」の記事です。




     4月8日(火)午後3時 魯迅記念館見学



開幕式が粛々と進み、魯迅のご子息の挨拶になりました。すると、参列者が少しづつ前の方へ移動していきます。やはり「魯迅」という名前は、中国人にとっては非常に大きなお名前なんですね(^^)


声の調子は、穏やかなゆったりとした雰囲気で話されていましたが、内容はよく分かりませんでした(_ _)


今思えば、同じホテルで何回かすれちがっているので、やっぱりサインをもらっておけば良かったですね。ん〜 ざんねん(^0^)


そうこうしているうちに、テープカットも終わり順番に「魯迅手跡珍品展」会場へ入ります。


私は前日、他の展示スペースは観ているので、観客が少なくなるまで待ちつつ「魯迅手跡珍品展」を何回か見直しました。


すると、荒金治さんが「佐藤さん、地元の新聞社の方なんですが、魯迅の書についてどう思うか。と言っているんですが…。私が通訳しますから、一緒に答えてもらえませんか。」と、声をかけてきました。


私は、佛教大学で教わったり「魯迅の書」には、前から興味が有りましたので、「荒金さんと一緒ならいいですよ」と言ってインタビューを受けました。たしか「魯迅の書についてどう思うか」と、荒金さんが通訳されたように思います。


けっこう長い記事ですので、一部ですがペーストしました。


<鲁迅的书艺>

 「 作为一个文化人的墨迹,鲁迅列为兰亭书法节专题展览有人心存“价值怀疑”,但更多到过现场观看的人,则以为“不是一般的好”。到底怎么来看鲁迅的书法,水平达到怎样的程度?估计很难有一个“标准鉴定”,但从现场观众还有历史上的反应来看,鲁书确乎位居大师之列。

  日本书法家佐藤海山第一个感觉就说字的水平很高。“有一种古典文献的味道”,他说在日本这种风格是最受欢迎的。“真难想像在那个动乱时期,鲁迅还写出这么好的书法作品,真很难得!”…以下略。」

 

私の中国語力で不安ですが、大意を訳してみましょう(間違っていたら、ごめんなさい)



<魯迅の書芸>

魯迅という文化人の墨跡が、蘭亭書法節という特定のテーマに列せられ展覧されているのは、人心に「価値懐疑」を起こさせる。しかし、更に多くの観客がやってくるのは、「悪いことではなく、一般的に好い」ことだ。つまり、どうして魯迅の書道を観に来るのか、魯迅のレベルがどの程度に達しているのか?「標準鑑定」を推量するのは難しい。しかし、来場している観衆はまだ歴史上の反応から観に来ている。魯迅の書を、大御所として確乎たる位置にしなけらばならない。


日本の書道家佐藤海山は第一印象として、まさしく書のレベルが高いと言う。「一種古典文献の味わいがあります。」彼は、日本ではこの種の風格は最も歓迎されると話す。「実際困難なあの動乱の時期を想像すれば、魯迅がこのような素晴らしい書道の作品を書いたというのは、本当に得難いものだ。」…以下略。


確かに、このようなことを言ったと思いますが、荒金さんが上手にフォローして通訳して下さったおかげですね!


          感謝感謝 m(^^)m


館内のビデオで「阿Q正伝」を立ち見して、時間になるのを待っていました。参加者が戻ってこられたので、いったん外へ出ました。

      やっぱり、昨日見ておいて正解でした(^^)


もう少し、集合時間まで時間があるので、各自「三味書屋」など魯迅関連施設を見学されていました。私は疲れたので、通訳の朱さんたちと集合場所前の椅子に座って待っていました。それにしても、朱さんの日本語はお上手です。私よりも品が良いです…(^^)”


集合時間の5時になり、別行動される祁先生や林田先生ご一行を残してバスに乗り、紹興王朝飯店に5時10分過ぎに到着。


      荒金さんご夫婦と、夕食でまた会いましょう。



       と言って部屋着  5時15分



つづく

佐藤のみ

佐藤 亘


「魯迅筆跡珍品展」開幕式
2008年08月26日

* 写真は、魯迅記念館が今回の蘭亭書法節に合わせて企画された、特別展示「魯迅筆跡珍品展」の様子です。




    4月8日(火)午後2時45分 魯迅記念館到着


「貴賓証をお願いしま〜す」という朱さんの声に、一同貴賓証の装着完了(^^)



   先頭に続いて、ゾロゾロと○○の糞状態です(^^)”



入り口から少し歩いて「魯迅記念館」に到着しました。貴賓証のチェックを受けて前庭に出ると、「魯迅筆跡珍品展開幕式」(正式名称忘れました)という横断幕。正面玄関に向かって左側に「揮毫所」がありました。


流れに従って順番に書いていきます。比較的大きな画帳で、私の前の中国人の方が左側の面に書かれました。日本風に考えれば残りの余白に十分書けたのですが、相手の方の雰囲気を壊してしまうと思い、思い切って1ページめくって右側の最初に堂々と? 「佐藤海山」と書かせてもらいました。私の次が劉暁瑜先生、その次が任平先生、王継安先生と書かれました。


三先生も、私と同様に前後左右の余白を取り、前の人の邪魔にならないように書かれていましたので、ホッと一安心でした(^_^)


折角の機会ですので、劉暁瑜先生に「このような場合、ルールのようなものはありますか?」とお聞きしますと、「特にないと思いますよ。」とのことでした。


揮毫が終わると、各自にミネラルウオーターが手渡されました。飲みながら木陰で待っていると、いよいよ開幕式の始まりです。


蘭亭書法節の時よりかなり減りましたが、マスコミ各社が前に陣取り、盛んにフラッシュを焚いています。私も直ぐに分かったのですが、「魯迅のご子息」がいらっしゃったのです。



つづく



印刀、刻字用ノミ制作
えいとしノミ製作所 

     佐藤 亘


魯迅記念館へ出発
2008年08月21日

* 写真は、「魯迅記念館」のパンフレットです。


私が、書道や漢詩を習い始めたころは、「魯迅」という名前しか知りませんでした。たしか〜 中学か高校の国語の教科書に載っていたような気がします…


今も懲りずに通っている「仏教大学(通信)中国学科」で、吉田富夫名誉教授や他の先生方の授業で教わり、少しずつ分かるようになりました。


2番目の子が仙台の大学に入学しました時、カミさんと2人で大学構内に有る記念館の資料展示室で、魯迅の成績表や藤野先生の写真等を見ました。


そういえば、「階段教室」がそのまま保存されていました。鍵がかかっており、窓の外からしか見れませんでしたが、大学にお願いすれば拝見できたのかもしれませんね。






そういえば、昼食会場は関係者でごったがえしていました(^^)


     部屋に戻って、シャワーを浴びて一服


    テレビを見ながら、ベッドで横になりました。



            気がつくと


           午後2時20分



         慌てて着替えてロビーへ直行!


        今回も、ギリギリセーフ(^0^)



4月8日(火)午後2時30分、祁グループはバスに乗車、関係者全員がそろったところで出発。魯迅記念館は、昨日レンターサイクルで行った場所なので15分弱で到着するだろう、と思っていましたら正にその通りでした。



つづく



のみ鍛冶 佐藤



エッ また書くの!?
2008年08月18日

*  写真は、中国人の先生(氏名不詳)が「流觴曲水」で作った詩を流觴亭で画仙紙に書かれているところです。




      4月8日(火)午前11時55分ころ


すでに、外に出られて談笑されている先生方もいらっしゃいます。


私は、「あ〜、やっと終わった」と思いながら観客席との境目の垣根を通り過ぎました。


             すると


        入場する時には分からなかった? 



       それとも、緊張していて見えなかった?


流觴亭の前と流觴亭に、なんと「揮毫場所」が設定されているではないですか!



           エッ また書くの!?


  と、思いつつ係りの方に案内されて流觴亭に移動しました。



私は、写真の先生(たぶん、この先生だったような…)が書き終わられた後に書かせて頂きました。左隣は、確か林田暁径先生だったと思います。林田先生は、サラサラッと草書で一気に書かれて、場所を空けられました。


      私は、楷書でを書かせて頂きました。


書いている途中で、皆さんいなくなり始めましたので、内心焦りましたね! (^^)”


      今回も、私が最後でした(_ _)”


それでも、多くの中国人の方が私の詩を声を出しながら読んで下さいました。書き上がった時に、品の良い老人が「貴方の詩が気に入りました。私に、その詩を一枚書いてくれないですか」と言われます。


     すると、便乗組が「私にも」と声を出します。



   私は、お世辞100%でも本当に嬉しかったです(^0^)


しかし、その時すでに、祁グループ担当通訳の朱さんが「佐藤さん、まだ終わりませんか? もう、皆さん行かれましたよ!」と言われていましたので、ご老人に「すみません、時間がありません。」と言って謝りました。


するとご老人は「それじゃ、これに名前を書いて下さい。」と、ご自身の手帳(のような感じ)を出されました。私は、承知してお借りした万年筆(ボールペンだったかな)で、「日時 日本国 新潟県 以文書法会 佐藤 海山」と書き、もう一度「時間がなくてすみません」と言って、その場を立ち去りました。


ふと、周りを見ると関係者の方が書かれた作品を流觴亭に掲示したり、揮毫場所の後始末を始められていました。



           ふ〜、やっと終わった



と思った瞬間、朱さんに「早く追いつきましょう」と急かされ、急ぎ足で歩き始めました。


やっと、祁グループに追いつき、お借りした「中国人用衣装」をお返しし歩き始めると、ブレザーまで汗びっしょりでした。


じつは、ブレザーの上から「中国六朝時代の復元衣装」を着ていました(^^)



            馬鹿ですね〜



どれくらい歩いたのでしょう? 10分位ですかね、ようやく朝乗ってきたバスのところまで辿り着きました。


  帰りの車中では、思い出話に花が咲いていました(^0^)


予定より30分弱ほど後れましたが、無事に紹興王朝飯店に着きました。朝、出かける時とは横断幕(結婚式)が替わっていました。


各自、部屋に戻り小休止をして二階の昼食会場で昼食を済ませました。


      4月8日(火)午後1時30分ころ


            各自休憩 
 


      いや〜、怒濤の半日でした(^^)”




つづく


五代 栄とし

  佐藤 亘


私の中国語で大丈夫かな〜
2008年08月11日

* 写真は、「流觴曲水」で私が、自作詩を中国語で発表しているところです(^^)”



      私の自作漢詩は、「曲水偶吟」です。





      4月8日(火)午前11時45分ころ




そうこうしているうちに、今日のイベントで司会をされている男性アナウンサーらしき方が、私のところへきて声をかけます。



男性司会者は、「名前と国籍と、書いた詩を確認」しました。非常に綺麗な中国語でしたので、私は「私は中国語の初心者です。すみませんが再度ゆっくりと話して頂けませんか?」と、申し上げますとにこやかに、ゆっくりともう一度話してくれました。


私に、「中国語で簡単な自己紹介をし、詩を読んで下さい。」と男性司会者はいいます。私は、ピンイン(中国語の発音)までは調べてきていませんでした。そこで、男性司会者に「試しに読んでみますので、悪いところを教えて下さい。」とお願いしました。



私が、順番に読んでいくと「醺」の字の発音が分かりません。男性司会者に聞くと、「私も分かりません。適当に読んで下さい。」と言います。



        おいおい、それでいいのかよ〜



            と、思う間もなく



女性司会者が、「さ〜、次は誰ですか〜」男性司会者に声をかけました。



男性司会者は、「こちらは、日本の新潟から来た以文書法会の佐藤海山です。それでは、自作詩を紹介してもらいましょう。」(と、たぶん言ったように思いますが、心臓がパクパクでしたのでね〜)



私は、覚悟を決めて「日本の新潟から来た佐藤海山です。私の中国語と詩は下手ですが、ご勘弁下さい。」と言ってゆっくりと読みました。(私は、超ゆっくり読んだつもりでしたが、実際は緊張しているのでおそらく早かったのだろうと思います。)



それでは、中国語で紹介した「曲水偶吟」です。



         「 曲水偶吟 」

           
 上巳會稽春十分。   上巳の會稽春十分

 聯吟誰與對微醺。   聯吟誰と與に微醺に對せん

 流觴曲水鵞池畔。   流觴曲水鵞池の畔

 毎遇蘭亭便憶君。   毎に蘭亭に遇へば便わち君を憶う

 

【大意】

今日(旧暦)三月三日の會稽は、本当に春爛漫だ。これから行われる詩会では、どこのどなたと一緒に詩を作り酒を飲むのだろうか。流觴曲水の会場は、王羲之が鵞鳥を飼っていたという池のあたりだ。そういえば、いつも蘭亭の叙を臨書すると、王羲之や六朝の風流人のことを想いだすのです。


と、大体こんな感じですね(^^)”



自慢高慢馬鹿のうちと申しますが、読み終えた後「私には、拍手が大きく感じられました。」やっぱり、馬鹿ですね〜(^0^)



つづく


佐藤栄登志ノミ製作所

五代 佐藤 亘(海山)






         
いよいよ祁グループの番
2008年08月08日

* 写真は、流觴曲水での林田暁径先生です。

林田先生の詩をご紹介しましょう。前回紹介し忘れた分も含めてです(^^)”


      「七律蘭亭詩」


 永和情叙日邉開     永和の情叙日邉に開く

 翰墨吟詩坐客杯     翰墨吟詩坐客の杯

 柱二褚臨蘇米跋     柱二は褚臨蘇米の跋

 第三馮搨項元推     第三は馮搨項元の推

 流觴曲水激湍繞     流觴の曲水に激湍繞り

 脩竹茂林琴笛回     脩竹の茂林に琴笛回る

 無主鵞池戯水鳥     主無き鵞池に水鳥戯むる

 羲之俯仰不堪哀     羲之を俯仰すれば哀しみに堪ざらん



       「蘭亭即興二首」 其の一


 指頭象鵞墨如蘭     指頭もて鵞を象どれば墨蘭の如し

 脩竹春風喜交歓     脩竹の春風に交歓を喜こぶ

 一詠一觴勾越地     一詠一觴は勾越の地

 古来劇跡有詩壇     古来の劇跡詩壇に有り



           其の二


 癸丑集亭中日韓     癸丑に亭に集う中日韓

 雨晴佳節萬邦安     雨晴の佳節萬邦安かに

 奏琴吟詠交流宴     琴を奏で吟詠す交流の宴

 畢至文人再拝難     畢く文人至り再拝すること難し



ん〜、陪席させて頂いた私には、林田先生の心情が伝わってきますね(^0^)


    それにしても、林田暁径先生は大したものです。


         脱帽 m(_ _)m




    4月8日(火)午前11時30分ころ



メインサイドが少し静かになりましたので、チョッと眺めると皆さん折り帖に書き始められています。


        お〜っと、俺らもやらねば!


ということで、祁グループのメンバーも一斉に書き始めました。


           私はといえば


       他のメンバーを気にする余裕も無く…


自作の詩を頭に思い浮かべながら、文字の順番を間違わないように気をつけて書き始めました。



            すると


          ボタン! ボタン!


             と


        大きな雨粒が落ちてきました


            なんせ


      筆ペンなので雨粒があたると滲みます



係のおじさんたちが、準備が良いですね! というか慣れているというか、ビーチパラソルの頑丈版を参加者一人一人にさします。


しかし、やっぱりメインサイドからパラソルを準備していきますので、私の番になったときは書き終えていました。


結果は、自分で書いておきながら滲んで読めない字が数字ありました。それでも、土砂降りにならずに直ぐ止んでよかったです(^^)


雨がやんだ頃には、すでにメインサイドの方では順番で発表が続いていました。日本人では、高橋静豪先生が一番最初に発表されましたが、チョッと良く聞き取れませんでした。


しばらくして、林田暁径先生、祁小春先生、赤松錦英女史、吉川珠扇女史、荒金治さんと進み私が最後だったかな?(順番は、チョッと自信ありません)


つづく



佐藤栄としノミ製作所

      佐藤 亘





曲水始まる
2008年08月04日
* 写真は、観客サイドからの写真です。


私たち祁グループは奥の方に陣取っています。たしかこの写真は、耿さん(荒金さんの奥様)にとっていただいたものです。


耿さんは、祁グループの一員という特権?を活かし、曲水の中を自由にカメラを持って逍遙していました(^^)


写真の、手前の後ろ向きの方々がほぼ韓国の先生方です。
祁グループの面々は、画面真ん中付近に着席しているのですが…




      4月8日(火)午前11時ころ


          曲水の奥に着席


すると、敦煌の飛天を思わせるような女性たちが優雅に舞い始めました。キョロキョロと物珍しそうに見ていますと、私の担当の小姐がお盆に「おつまみとお酒」だったと思いますが持ってきてくれました。

そうそう、座席には「折り帖と筆ペン」がすでに用意されていました。


メインの韓国代表団の方は、カメラが回りっぱなしでした。


地元放送局の男性と女性アナウンサーだと思うのですが、しきりに何か言って盛り上げています。ざわついていて、私の中国語レベルでは聞き取れません(^^)”



            すると、


    前の「曲水」に、ぷかぷかと何やら流れてきました。


         やたら流れてくるのです


よく見ると、「耳杯」でした。酒を入れて水に浮かぶくらいの落ち着いた感じの器でした。


       ああ、これが「流觴か」と思いました



        自分で勝手に取ってもいいのかな〜


            だめなのかな〜


と思っていましたら、各席の担当の小姐が竹製の「すくい網?」を持って立っています。


ははぁ〜ん、きっと彼女たちが掬って渡してくれるんだろうと思い、勝手に自分から動かないことにしました。


             やっぱり


メインの方に目をやると、彼女たちが掬って渡していました(^0^)


フ〜ン、と思っていると目の前に担当の小姐が立ちました。スッと掬って私の目の前に耳杯を差し出します。


謝謝、と言って受け取り、取り敢えず耳杯を眺めると簡易な作りですが、意外と軽かったです。そして、前々から興味が有った「酒」は、「紹興酒」でした。



        軽く、一息で飲める量ですね


         美味しかったです(^^)




つづく

栄登シノミ製作所
        佐藤 亘


リクエスト
2008年08月01日


* 写真は、韓国代表団の先生が揮毫されているところです。紹興市の地元紙には、現代韓国を代表される超一流が参加されたと書かれています。



          堂々たるものですね。



      4月8日(火)午前10時35分ころ







次の会場へ移動しようとしていましたら、会場の係のお兄ちゃんたち(中学生位)に呼び止められてしまいました。


彼は、「私は、甲骨に興味がある。一枚書いてもらえませんか。」といいます。(実は最初の場所で、可愛い女の子を連れていたお父さんに頼まれて、文句を指定されて一枚書いていました。)



    「まぁ、いいか」と思い、書くことにしました。



甲骨は時間がかかるので、楷書で別の自作詩を書いてあげました。
印を押して、2人目の分を書こうとしたら、


           通訳の朱さんが


「佐藤さん、何をやっているんですか!もう始まりますよ〜!!」


        と、慌てて呼びにこられました。



私は、2人目の子に「ごめんね、時間が無くなりました」といって謝って、急いで「流觴曲水」の場所に行きました。



             すると


すでに全員が着席し終わり、報道関係者のカメラの隊列、司会者2人の甲高い声が響いていました。垣根で区切られた観客席は、押すな押すなのギュウギュウ詰め状態です。


そんな状況の中を、朱さんに、こちらですと人の波をかき分けてやっと自分の場所に到着しました。



      いや〜、予想以上の盛り上がりです(^^)”




つづく


佐藤栄登志のみ製作所

佐藤 亘


母校甲子園初出場!!
2008年07月31日



        < 祝甲子園初出場 >(^0^)





今年の高校野球夏の甲子園に、母校が初出場することになりました(^_^)


初戦は、八月三日(日)の第四試合で、兵庫代表の報徳学園です。
私の時代ですと、報徳学園といえば強豪校!


最近の新潟も関係者の努力で、少しづつ力をつけて全国の強豪たちと互角に近い闘いをできるようになってきました。



   精一杯戦って、ぜひ報徳学園に勝って欲しいものです。



母校の名前は、「新潟県立三条工業高校」といいます。何年くらい前でしょうか、お隣の燕市にある「新潟県立燕工業高校」と合併統合されて『新潟県立県央工業高校』となりました。


合併統合時に私が在籍した「化学工学科」は廃止されてしまいました。そんなこんなで、なんとなく母校が甲子園出場といわれましても、チョッと微妙な感じですね(^^)”


我家の一番下の子と、中学で同級生だった子がキャプテンをやっていたり、お父さんお母さんとは自治会PTAで一緒でしたので、この点では本当に全力を尽くしてほしいと応援しています。


話しは変わりますが、世界の『ジャイアント馬場』の出身校が「新潟県立三条実業高校」でした。今から、約40年ほど前に「県立三条商業高校」と「県立三条工業高校」に分かれたのです。


今朝の「三条新聞」(地方紙)に、ジャイアント馬場のお姉さんの話しとして「弟が元気でいてくれたらどんなにか甲子園出場を喜んだことでしょう」と伝えています。


三条新聞の記事には、ジャイアント馬場が中学時代の写真と、ジャイアンツでピッチャーとして投げている写真が掲載されていました。



ジャイアント馬場が、高校2年でジャイアンツに入団せず、高校三年まで野球をやっていれば…



       そこが、人生の面白いところですかね



         全国の高校球児よ「ガンバレ」



        特に、『県央工業の諸君ガンバレ!!』




つづく

えいとしのみ

佐藤 亘


荒金 治さんは豪快!
2008年07月30日


* 写真は、荒金治さんの揮毫風景です。



荒金さんは、私とは反対側に指定された席がありました。素直で実直で「書」のことしか頭に無いような方です。その荒金さんが、いざ筆管を握ると、「静と動」が逆転したかのように一気呵成に書いていらっしゃいました。(書きながら、チラチラと見ていました)


荒金さんが、揮毫された文言は蘇軾(蘇東坡)の詩から選ばれたもので、


 

       「 再游蘭亭  黙数永和 」



です。

記憶違いかもしれませんが、荒金さんは学生時代に弓道をされていたとお聞きしました。「静と動」が逆転して感じたのは、弓道による精神修養のたまものでしょうか(^0^)




     4月8日(火)午前10時35分ころ



私は、ようやく書き終わって周囲を見回すと、全員揮毫はほぼ終了していました。ゆっくりと、掲示されている作品を拝見する時間もなく、次の会場への移動が始まっていました。



そんな訳で、任平先生や王継安先生の作品は拝見できませんでした。(_ _)


赤松錦英女史と吉川珠扇女史は、「緊張しました〜〜〜、全然だめでした〜」と、緊張から解き放された感じで、口を揃えて話していらっしゃいました。


お二方とも和服が非常にお似合いで、中国のカメラマンたちに終始追いかけ回されていました。(^^)



つづく

佐藤栄としノミ製作所

佐藤 亘



私の番だよ「蘭亭書法節」!!
2008年07月28日


*  写真は、私が揮毫しているところです(^^)” 




  4月8日(火)午前9時50分ころ 



     自作の拙い七言絶句です。


        お笑い下さい。 



題は、「流觴即事」

   三土騒人会紹興     三土の騒人紹興に会し

   六朝風趣一層登     六朝の風趣の一層を登る

   二千載後流觴宴     二千載後の流觴の宴

   記得詩情玉漏氷     記し得たり詩情玉漏の氷


大意は、


中国と韓国と日本の詩人が、王羲之を慕い紹興に集まった。私の力量では、王羲之等「蘭亭の会」のメンバーの高みに遠く及ばないから、入り口のところで風流のまねごとをさせてもらおう。王羲之等の「蘭亭の会」から、ザッと数えれば約二千年後の流觴の宴だ。王羲之や謝安には遥かに届かないが、今出来た私の詩は清らかで玉壺の氷のようだ。


という内容です。


          お粗末 m(_ _)m



自慢高慢馬鹿のうちと申しますが、日本では、自作の漢詩を甲骨文字で書かれる方はあまりいらっしゃらないようで、先にご紹介させていただいた、任平先生と劉暁瑜先生等から、お褒めの言葉をいただきました。


 特に任平先生は、古代文字の大家でもいらっしゃいますので、お世辞がほとんどだとは思いますが、非常に嬉しかったです。


私が、45分ほどかかりましたので、私が終わったときは祁小春先生は書き終わられていました。きっと、となりで書かれたのでしょう。


マスコミは、私の服装を見て中国人だと思ったらしく、最初は誰も集まりませんでした。しばらくすると、「甲骨を書いているのがいる」という声がしました。


すると、いつの間にかテレビカメラと各新聞社のカメラマンが私を見て、「アッ、日本人」と小声で言いながら写していました。


せっかく、ガムでリラックスしつつあったのに、一瞬で全身から汗が迸るのが分かりました。



          とにかく



    4月8日(火)午前10時35分ころ



 なんとか無事、書き終わりました  フ〜〜(^^)”




つづく


栄登シノミ製作所

佐藤 亘 拝






値上げのお願い m(_ _)m
2008年07月28日

*  写真は、作業中の82の看板娘




 近年の『原材料・燃料他の度重なる値上げ』で、「品質の維持・アフターサービス」が困難になってまいりました。


誠に恐縮に存じますが、本年10月1日より下記のように変更となります。




       1. 『平均5%の値上げ』

       2. 『外税』




と、させていただきます。

これからも、斯界のために研究努力してまいりますので、何卒宜しくお願い申し上げます。


            佐藤栄登志ノミ製作所

                 五代  佐藤 亘 頓首

お休みのお知らせ(_ _)
2008年07月17日


 * 写真は、超リラックスの「佐藤 ツォンランパ ボス」です(^0^)



7月18日(金)〜7月24日(木)まで、お休みとなります。

お問い合せ等、メールの対応は、7月25日(金)以降順次対応させて頂きますので、何卒宜しくお願い致します。 m(_ _)m


                  佐藤栄としノミ製作所

                   五代   佐藤 亘


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